2018.05.01 レベルフォーデザインの歴史2「挫折と選択」

小学校で「仕事について」授業をさせていただくことがあります。
「みんな、なりたい職業あるかなぁー?」って聞くと
意外にも9割のこども達はあるんです。
男の子は、野球選手やサッカー選手、医者。
女の子は、保育士や看護師、お菓子屋さん。
などが今も昔も定番のよう。
その中で一人、「税理士!」と答えた子がいました。
おぉぉっ!なんで?って聞くと、「お父さんが税理士だから」と。
ちなみに日本の職業の数はなんと、約1万7千種類だそうです。
こども達のなりたい職業が昔からずっと定番なのは、
世の中に、どんな職業があるか知らないから。
私たち大人も知らないため、教えられないのかもしれません。
もし、子供の頃に、もう少しいろいろな職業を知っていたなら、
進む道が違っていたかもしれない。。。と、感じている50歳。
レベルフォーデザインの清水啓介です、こんにちは。
レベルフォーデザインの歴史の続き。
末っ子で長男。私には二人の姉がいます。
姉たちから、あんたは清水家を守るんだよ。
といわれ、しっくりこない高校3年の春、
自らの生い立ちに衝撃の事実が!
人生で初めて、自分の戸籍を見る機会がありました。
そこに記載されていたのはなんと、
「次男」
えっ!長男じゃないの!?
どーゆーこと!?
兄ちゃんいないし!
二人の姉のうち、どっちかが男???
そんな訳ありません。
実際には、生後1年で亡くなった兄がいたのです。
辛かったのでしょう。両親からは初めて聞く話でした。
どうしようもないのですが、動揺したのを覚えています。
もし、兄が生きていたなら、自分は生まれてこなかっただろう。
兄、姉、姉。でちょうどいい。
じゃ、なんで生まれた?
兄の代わり?親の面倒を見るため?清水家を継ぐため?
と、悩み、自分を探す日々が訪れます。
そして、たどり着いた結果、
探したところで見つかりそうもないし、考えてもわからない。
ただ、兄の人生の分、二人分やろう。
楽しいことも。挑戦も。時に辛いことも二人分。
そして、兄からもらった一度きりの人生、
好きで得意なことをやるしかない。
と考えました。
好きなこと。得意なこと。それは絵を描くこと。
そのための、進学は悩んだあげく、芸大ということに決定しました。
スポーツに熱中した中高6年間。
芸大に行くための勉強はしていませんでしたが、
過去の栄光もあり、なぜか自信だけはありました。
そして、両親と進路指導の先生に芸大行きを報告すると、
両親からは「安定した職に就きなさい」と反対され、
進路指導の先生からは「芸大を出て、何をするんだ?」と猛反対。
予想外の反応でした。
そういえば「芸大を出て、何をする?」
知っている職業は「美術の先生」くらい、
そんな知識の高3の私に、両親と先生を納得させる力なんてありません。
結局、なすすべもなく、実家山口県の隣、
広島工業大学を受験することになりました。
が、
「兄と私の人生、二人分」と心の奥で誓った私は、
自分の人生の分として大阪芸大の受験だけでも!
ということで、なんとか承諾を得たのです。
私の中での第一志望はもちろん大阪芸大。
自身もあるし、受かったら説得はその時に考えよう。
もし、芸大がダメなら広島工大でがんばるか。
そんなつもりで、いざ受験!
結果は、なんと。。。
不合格。
しかも、広島工大までも不合格。
人生そんなに甘くない。
二つの選択肢を残したつもりが、
目の前には崖しかありません。
兄の分どころか、自分自身の道も見えなくなりました。
これが、人生で初めての挫折。
ネットもない時代、浪人か就職かそれとも?という選択に迫られるが、
まだ、グラフィックデザイナーという職業を知らない18歳。
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