【地域ブランディング事例】高津川リバービア ― 地域資源を活かしたブランド構築とデザイン戦略

2025.10.20

#高津川リバービア株式会社#クラフトビール#地方創生#ブランディング事例#ブランド構築

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企業理念から生まれた地域ブランディング

私たちは、渋谷を拠点とするデザイン会社です。社員全員がデザイナーとして働いており、「全社員の物心両面の成長と幸福を追求し、デザインの力で社会に貢献する」という経営理念を掲げています。

本記事では、その理念を実践する中で誕生したクラフトビール醸造所「高津川リバービア(TAKATSUGAWA RIVER BEER)」を紹介します。島根県益田市・高津川流域を舞台に、地域資源を活かしたブランド構築・デザイン戦略・成果までのプロセスをまとめた、当社の地域ブランディング実践事例です。

1. 「関係人口創出プロジェクト」への参画

地域とのつながりが生まれたのは、総務省が主催する「関係人口創出プロジェクト」への参画がきっかけでした。
地方出身のスタッフが多い当社にとって、地域の魅力や課題を外からのクリエイター視点で見つめ直すことは、理念に基づく実践テーマの一つでした。「自分たちのスキルで地域の役に立ちたい」という想いから、2018年に本プロジェクトに参加し、島根県高津川流域(益田市・津和野町・吉賀町)の地域課題の発見と提案に取り組みました。

現地を訪問し、役場や観光地、農林業などの現場をめぐりながら、生産者の方々に直接お話を伺いました。地域の食と文化に触れ、抱えている課題を整理したうえで、最終回では「ふるさと納税受入強化とファンづくり」という提案を行いました。

プロジェクト終了後も現地との関係を継続し、複数回にわたる追加提案と現地訪問を重ねた結果、同施策を正式に受託。取り組みの中心は次の3点です。

1 生産者紹介をメインにしたフリーペーパーの制作
2 島根県と周辺地域(山口・広島)、東京エリアでの配布
3 東京での県人会への参加、新たなイベント開催によるPR活動

フリーペーパー「益々の」
フリーペーパー「益々の」を制作

現地取材をもとに、地域の食や文化の背景を丁寧に掘り下げ、活動や背景を可視化。デザインを通じて地域の個性や価値を発信し、都市部の生活者との接点を創出することで、ファン形成とふるさと納税への関心喚起につなげました。

2019年末にこの施策を実行し、翌年のふるさと納税受入額は前年度比146%に伸長。地域と協働して具体的な成果を出せたことが、益田市との信頼関係を深める大きな契機となりました。また、施策の実施を通じて、企業や生産者、飲食店など、地域のさまざまな方々との交流もさらに広がっていきました。

こうした関係を一過性にせず、長期的な取り組みとして続けるために、当社は益田市支社を設立。地域協働による持続可能なブランドづくりの基盤を整えました。

2. 地域資源を活かした新事業の創出

益田市で支社候補地を選定する中で出会ったのが、築160年の古民家です。元料亭として地域の人々に親しまれた建物で、入り口には立派な土間、二階に50畳の宴会場、一階に大きな厨房スペースがありました。歴史を感じさせる風情や趣もあり、その空間には高い潜在価値を感じました。

当初はデザイン事務所としての活用を検討していましたが、次第に「この空間を活かし、地域の交流拠点として再生できないか」という構想が膨らんでいきます。

当時、案内いただいた古民家
当時、案内いただいた古民家
入り口には立派な土間、二階に50畳の宴会場、一階に大きな厨房スペースがある
入り口には立派な土間、二階に50畳の宴会場、一階に大きな厨房スペースがある

その頃、関係人口プロジェクトでともに活動し、地域の課題を共有していた上床氏(現・高津川リバービア株式会社代表)から独立の相談がありました。これを契機に、古民家の潜在価値を活かし、地域課題の解決に繋がる「クラフトビールづくり」というアイデアが具体的に形を帯びていきました。

構想段階から、事業化の実現性を検証する必要があると考え、クラフトビール事業化の可能性を調査。醸造プロセスや業界動向を調べるとともに、宮城県のクラフトビール醸造所「石巻ファーム」を訪問し、ブランド構築と製造プロセスの関係性を学びました。

初期段階では費用面などで課題もありましたが、島根県江津市の醸造企業と連携し、OEMによる委託醸造でスモールスタートを実現。初期投資を最小限に抑え、まずは“つくってみる・売ってみる”という実験的アプローチを採用しました。 2019年11月には、「川崎市民まつり」への出店依頼を機に、特産品とともに3市町の特長を活かしたクラフトビールを製造・販売しました。

「川崎市民まつり」でテスト販売を実施
「川崎市民まつり」でテスト販売を実施

このとき使用したラベルやネーミング、パッケージはすべて試作用としてデザインしたもので、本格的なブランド設計に向けた実験的プロトタイプでもありました。テスト販売として600本を製造し、566本を販売。ブランドの価値・価格帯・デザインの方向性を検証するうえで貴重なデータを得ることができました。

テスト販売によって事業の可能性を確認できたことで、私たちは次の段階として、ブランドの理念や方向性を明確に定義するフェーズへと移行しました。 こうして始まったのが、「高津川リバービア」のブランド設計です。

3. ブランド設計 ― 「高津川リバービア」の誕生

(1)ブランドコンセプト

事業を考える上で、私たちが大切にしている視点が3つあります。
1.何のためにやるか
2.誰とやるか
3.何をやるか

中でも最も重要なのが「何のためにやるか」です。この問いこそが事業の根幹であり、ブランドの方向性を定める出発点となると考えています。

その答えとして、私たちに共通した想いが、“シニア世代と雇用”でした。

益田市を訪れた際に目の当たりにした地域の現実が、そのきっかけです。農家や工場では人手不足が深刻な一方で、地元の高齢者は皆、元気で働く意欲があるにもかかわらず、活躍の場が限られていました。60歳を過ぎても社会の中でいきいきと働ける環境があれば、地域も人ももっと元気になれる。そう考え、次のブランドコンセプトを掲げました。

“シニア世代が活き活きと働ける場所をつくり、クラフトビールで人を笑顔にする”

私たちが目指したのは、単なる“美味しいビール”づくりに留まらず、地域の人が誇りを持って関われる“仕組み”のデザインです。
美味しさはもちろんのこと、シニア世代が活き活きと働ける場という、持続可能な地域活性の仕組みの創出を目指しました。

(2)経営理念とデザイン方針

こうして2020年6月、島根県益田市にクラフトビール醸造の新会社「高津川リバービア株式会社」を設立しました。
創業にあたりまず取り組んだのは、会社の価値観や行動指針を定義する「経営理念づくり」でした。これは、ブランディングにおけるMI(マインド・アイデンティティ)の確立にあたるものであり、企業の意思決定や表現を支える最も重要な基盤となります。

Mission
人生は、もっと楽しく、もっと豊かに

Value
1  日々を謳歌する
2  常に誠実で在る
3  仲間の為に動く
4  真の勇気を持つ
5  全てに感謝する

この理念には、私たち自身がまず“楽しく働くこと”を通じて、年齢・性別・地域を超えて多様な人を巻き込み、シニア世代を中心に関わるすべての人を笑顔にしたいという想いが込められています。理念の策定により意思決定の基準が明確になり、チーム全体での判断軸が統一されました。結果として、事業推進やデザイン開発の各段階で一貫した方向性を保ち、コロナ禍のような不確実な環境下でも安定したブランド構築を進めることができました。

さらに、このMI(マインド・アイデンティティ)は、ビジュアルデザインやブランドコミュニケーション全体に反映されています。理念を基点に、表現のトーンやメッセージの整合性を図ることで、「高津川リバービア」らしさを一貫して形づくることができました。

ブランディングデザインのアプローチ
ブランディングデザインのアプローチ

4. ネーミングとデザイン展開

企業や商品の名称は、ブランドデザインにおいて重要な構成要素のひとつです。ネーミングは、理念や価値観を言葉として可視化し、ブランドの方向性を印象づける役割を担います。社名は「高津川リバービア株式会社」、商品名は「高津川リバークラフト」。いずれも、地域とともに歩む姿勢を明確に示すものとして設計しました。

名称には以下の4つの考えを反映しています。
1  島根県の高津川と流域の市町を盛り上げる
2  この地域の人たちに愛され、みんなが笑顔で働ける場所にする
3  高津川の水で育った豊かな食材を原料にする
4  香料・保存料を使用せず、自然の味と風味を生かす

社名は比較的早期に決定しましたが、商品名は検討を重ねました。“手仕事”や“創造”を意味し、クラフトビールの精神を的確に表現できることから、「クラフト(craft)」という語を採用。「高津川リバークラフト」と命名しました。さらに、クラフトビールの命名ルールを「生産地+食材+ビアスタイル」とすることで、今後のラインナップ拡張にも対応できる仕組みを整えました。

デザイン全体の基調は「王道」。わかりやすさ・親しみやすさ・記憶されやすさを重視し、奇抜さよりも誠実さと持続的なブランド価値を意識しました。当社が掲げる「流行らせないデザイン」という考え方に基づき、短期的な話題性ではなく、地域で長く愛されるブランドを目指しています。一過性のトレンドに左右されず、時間を経ても色あせない普遍性を備えたデザインを志向することで、地域文化への定着を図りました。

決定した「高津川リバービア株式会社」のロゴ
決定した「高津川リバービア株式会社」のロゴ

シンボルマークは「高津川」の漢字をモチーフに、印章を想起させる造形でデザイン。円形は「円満」「丸く収める」「縁」を象徴しており、地域と人とのつながり、高津川の緩やかな流れを表現しています。基本カラーは白地に黒を採用し、副原料の色(緑=マスカット、赤=いちご、黄=ゆずなど)が自然に引き立つ設計としました。

益田市のシャインマスカットを副原料にした益田マスカットエール
益田市のシャインマスカットを副原料にした益田マスカットエール
他の商品へと展開
他の商品へと展開

ラベルデザインは「王道」に「特別感」と「品格」を加えたトーンで構成。手間を惜しまない生産工程や職人の姿勢が伝わるよう、シンプルでありながら上質感のあるデザインに仕上げています。

商品パンフレットや販促ツールにおいても、配色・文字配置・余白などに統一ルールを設定。ネーミングからビジュアル表現まで一貫した設計思想を貫くことで、ブランドとしての認知を高め、「高津川リバークラフト」らしさを継続的に育てています。

5. 成果と今後の展開 ― 地域の資源と想いを、デザインで価値に変える

本プロジェクトは、島根県益田市・高津川流域における地域資源を活かし、ブランドの構想からデザイン、事業化までを一貫して行った地域ブランディングの実践事例です。理念に基づくコンセプト設計を起点に、ネーミング、ビジュアル、体験設計など、あらゆる接点で一貫性のあるブランド表現を構築しました。

成果として、地域産品の魅力発信から始まった活動は、クラフトビール醸造という新しい産業創出へと発展。地域の人々が主体的に関わり、働きがいを持てる仕組みをデザインすることで、地域経済に継続的な循環を生み出しています。県外からの移住者3名、地元シニア世代を含むアルバイト3名から始まり、2025年現在は島根県内の飲食店だけでなく、地元スーパーや道の駅での販売、広島・大阪・神奈川でのイベントによるPR活動、東京ではアンテナショップや複数の都内有名百貨店・ホテルでの提携もあり、取り扱い店は45店舗を超えました。生産地名の入ったクラフトビールを通じて、さらなる地域の価値向上と認知拡大のために、2026年より第二工場の建設も計画されています。

高津川リバービア

この事例を通じて、デザインと理念が、地域のらしさや個性を可視化し、経済・文化の両面で持続可能な価値を生み出す力を持つことを改めて実証しました。

私たちは、単なるビジュアル制作にとどまらず、理念から事業構想・表現までを統合的にデザインすることこそが、地域ブランドの競争力を高める鍵だと考えています。そして、現地の人々とともに試行錯誤を重ねながら、“地域らしさ”を商品や空間に落とし込むプロセスこそが、私たちが大切にしているブランディングの原点です。この事例で得た知見を活かし、レベルフォーデザインは今後も、地域の魅力や想いを「見える形」に変えることで、地域とともに息づくブランドを育てていきます。

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